全国の生徒会役員は自分自身の可能性を信じて、外の世界へ飛び出して欲しい——全国に衝撃を受け、九州から始めた「新しい生徒会」改革
年の瀬の2025年12月29日、先日「生徒会.jp」でもご紹介した「九州生徒会グランプリ」などの活動を牽引する東福岡高等学校(福岡・博多区)の生徒会顧問である田中洋平先生に、この間の東福岡高校の生徒会と九州の生徒会の発展の経緯について話を聞いてきました。
かつて「管理」が中心だったとお話された伝統校を、いかにして「生徒が自走する組織」へと変貌させたのか。一人の熱意ある教員と、東京で「井の中の蛙」を自覚し覚醒した生徒たちが織りなす、九州発の生徒会改革の軌跡に迫ります。
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始まりは「誤解されたファックス」からだった
高橋 亮平 一般社団法人生徒会活動支援協会理事長(以下、高橋)>
田中先生と東福岡高校の生徒会といえば、今や九州全土から注目される存在になられていると思うのですが、そもそも先生が最初に「日本生徒会大賞」や「全国生徒会大会」など、東京での一般社団法人生徒会活動支援協会が行うイベントに関わられるようになったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。
田中 洋平 東福岡高等学校生徒会顧問(以下、田中)>
きっかけは、2023年の「日本生徒会大賞」の決選大会でした。当時、東福岡高校では、共学化を始めとする学校改革のタイミングで、本校の生徒会も様々なチャレンジをしていました。私は生徒たちの頑張りを評価してもらいたく「日本生徒会大賞」に応募しました。
その結果、幸運にも奨励賞をいただき、学校側に無理を言って決選大会に参加させてもらいました。その日のことは今でも忘れられません。日本中から集まった生徒会のリーダーたちの発表を聞いて、私の世界観が大きく変わりました。
そして私自身の変化は生徒会への変化へと、さらに生徒会の変化は学校全体への変化へと大きな波及効果をもたらしていると実感しています。さらに、学校全体への変化だけでなく、様々な学校の生徒会との交流を通じて、今その輪が本校以外にも広がっているのを実感しています。
「管理」から「伴走」へ。顧問の役割のパラダイムシフト

高橋> 田中先生は以前、ご自身を「初心者の生徒会顧問」とおっしゃっていました。「全国生徒会大会」や「日本生徒会大賞」の決選大会に参加され、色んな学校の生徒会の活動を知り、東福岡高校でもそうした事例も参考にしながら活動を続ける中で、田中先生を含めた顧問の先生方のスタンスにどのような変化がありましたか。
田中> 大きく変わりましたね。以前は、どこかで「生徒会をうまく利用して教員が物事を進める」という側面があったかもしれません。しかし、全国で自発的に動く高校生たちを見るうちに、「高校生たちの可能性は無限だ」と確信するようになりました。自分の半分も生きていない生徒たちの方が優れていると感じる瞬間が年々増えてきました。また、教員なら生徒たちが何かをやり遂げた時の充実した顔を見て、すごく幸せな気持ちになったことがあるかと思います。
ただ、こうした経験や喜びなどを私一人だけのものにするのは組織として持続可能ではないと考えています。昨年は別の生徒会顧問の先生に生徒を連れて「全国生徒会大会」に行ってもらいました。彼は高校時代に生徒会役員の経験がありましたが、今の全国大会のレベルを目の当たりにして「衝撃を受けた」と言って帰ってきました。
東福岡高校では当時3名だった生徒会顧問も、現在は5名に増やしてもらい、チームで生徒を支える体制を整えています。キーワードは「心理的安全性の確保」と「教わる姿勢」です。生徒を力で抑えつけず、彼らが自分たちで考え、チャレンジできる環境をつくること。最近は、世の中の変化が早過ぎて、生徒の方が時代に対応できていることさえあります。だから私は「教える人」ではなく、共に成長する「伴走者」でありたいと思っています。学校は先生たちのものというよりも何よりも生徒たちのものですから、生徒たちの考えが学校運営に反映されるよう橋渡しになってあげることが、私たち顧問の役割だと感じています。
自己顕示欲から「利他の精神」へ生徒の目覚め
高橋> 東福岡高校の生徒さん、その象徴として生徒会長だった田中十和さん(高校3年)の成長には目を見張るものがありますよね。先日、「九州生徒会グランプリ」に審査員として招いていただいた時にお会いしましたが、もう下の代の九州の生徒会連盟の役員たちからの一目の置かれ方が凄かったですね。1年生で初めてあった時から本当に成長されたなと感じました。彼をはじめとした生徒たちの成長や変化について、先生はどうご覧になっていますか。
田中> 彼は中高一貫コースに在籍し、中学時代はどちらかというと「自分のことしか考えられない」タイプでした。しかし、自己顕示欲も強かったのようですが、高校で「全国生徒会大会」や生徒会活動支援協会が主催する松下政経塾での夏合宿などの場で、全国から集まった同世代のリーダーたちと出会い、「井の中の蛙」であることを自覚したのが大きな転機でした。
現在、彼は人のために何かをすることが幸せだという「利他の精神」を大切にするようになりました。後輩たちへの声がけの仕方も非常に上手になりました。生徒会長になった当初は生徒会内部で中々信頼を得られず、生徒会長の職を解かれかけたことがあります。しかし、その時に毎日私と交換ノートを書き、どん底から這い上がってきた経験が、彼を「弱さを知るリーダー」へと成長させたのだと思います。
最近は、「切磋琢磨する全国の仲間たちに負けたくない」という思いが強くなり、今では担任も驚くほどの成績の伸びを見せています。こうした同志やライバル、友人たちをつくり、人生を変える経験を得られることこそ、「全国生徒会大会」など学校を超えた生徒会連盟の魅力であり、生徒会活動の醍醐味の1つではないかと思います。
九州から全国へと地域格差を「伸びしろ」に変える

高橋> 九州の生徒会活動を巡っては、先程も触れられていた田中くんがいつもプレゼンで話す「井の中の蛙だった」という話を頭に浮かべます。先生は九州の生徒会の環境と東京などの生徒会の環境では違いなどを感じられていますか。
田中> かつて九州の学校現場には強固な管理文化がありました。勿論、良い部分と悪い部分があると思いますが、ある面で見た時に、東京に比べて物凄く遅れていたところがあったと思います。生徒会についてもそうです。しかし今は、その「知らないことの多さ」こそが最大の強みだと思っています。
何も知らなかったからこそ、新しい刺激に対して爆発的な「化学反応」が起きる。SNSの普及で高校生たちの物理的な距離は関係なくなりましたし、今の生徒たちは学校の枠を超えて「掛け算」のようなスピードで繋がっていきます。
先日の「九州生徒会グランプリ」も、各学校の伝統や文化を尊重しつつ、自分たちの立ち位置を俯瞰して見られる場を創りたいという思いで実施しました。顧問の先生方も30名近く集まり、学校間の壁がどんどん低くなっているのを実感しています。九州は今、まさに生徒たちの「自走」に向けて動き出しています。
2030年へのビジョンは、全関係者が「幸せ」になれる学校創り
高橋> 先日お招きいただいた「九州生徒会グランプリ」では33校240名が集い、生徒会役員の高校生たちが物凄い熱気の中で取り組む情熱と勢いを感じました。田中先生がこうした活動を通じてめざす、生徒会のビジョンや最終的なゴールはどこにあるのでしょうか。
田中> 私は2030年を一つの区切りとして生徒会をサポートする生徒会顧問の組織として「九州生徒会後援会」を創りました。今回の「九州生徒会グランプリ」では、実は私が裏でマイクを持って高校生たちに指示を出していました。しかし、2030年までには、こうした指示を教員が出さなくても、生徒会役員の高校生たちが自分たちで完全に自走できる組織にしたいと思っています。
そして、生徒たちだけでなく、教員同士も一緒に成長し合えるコミュニティをつくり、大学などと連携した「生徒会研究」のような専門的な知見も取り入れていきたいと考えています。私は、教員採用試験の時に「学校に関わる全ての人が幸せになれる学校づくりをしたい」と書いたことを最近思い出します。その「幸せ」とは、楽をしたり楽しいだけだったりではなく、時にはキツい思いをしてもそれを乗り越え、一生懸命チャレンジできる環境があることだと思っています。生徒会がそのシンボルとして、各学校で学校全体を変える存在になればと思います。
よく教育現場では「本を読め、人に会え、そして旅をしろ」と言われます。高校生の皆さんには、ぜひ「人に会いに」行ってほしいです。3月にはまた東京で「全国生徒会大会」が開かれます。そこで得られる出会いは、お金以上の一生の財産になります。自分自身の可能性を信じて、外の世界へ飛び出してください。
田中先生のお話から浮かび上がったのは、生徒会を単なる「行事の実行部隊」ではなく、「一人の人間が劇的に変容するためのステージ」として捉え、生徒たちが学校創りの中心になっていくという深い教育哲学でした。特に印象的だったのは、失敗を経験した生徒が立ち上がるプロセスを教員が「信じて待つ」という姿勢であり、日々教育現場で模索している先生方が、生徒とともに日々改善し熱い想いを持って努力し続ける姿でした。九州という地から、今まさに「新しい民主主義」「新しい生徒会」の形が芽吹こうとしていると感じました。
【文】高橋亮平 (一般社団法人生徒会活動支援協会 理事長)