[私の生徒会履歴書 #007 猪股大輝] 前編:「生徒会大会」の火付け役が振り返る立ち上げの頃
私が生徒会活動に力を入れていた2010年頃は、ちょうど中高生にもスマートフォンが普及し始めた時期でした。新しいツールを使って、いくつかの生徒会団体の交流や新規参加校の開拓が進みます。こうした中で「生徒会大会」と名付けたイベントも立ち上がりました。
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経歴 猪股 大輝(桐朋高等学校生徒会 元 総務委員長(生徒会長))
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生徒会団体の案内は郵送で行われていた
中学1年生の秋頃、担任からの勧めで生徒会役員選挙に出ることにしました。特に成績がよかったり目立っていたりしたわけではないと思いますが、人前で話すことが得意だったこと、担任がたまたま学年の生徒会顧問だったことなどがきっかけだったのだと思います。中学2年生で役員になると、以降、4年間、生徒会活動にどっぷりハマることになりました。
当時、桐朋の先輩たちは、首都圏のいくつかの生徒会団体を引っ張る役割をしていました。自然と私も生徒会団体に顔を出すことになり、中学3年生で中学総務委員長(会長)になると、首都圏中学校生徒会連盟という団体の代表になりました。また、中学生徒会懇談会や生徒シンポジウムなどその他の団体・イベントにも顔を出し、徐々に知り合いが増え始めます。
当時代表を務めた団体では、個人ではなく学校単位で顧問の同意を取り付けた「加盟校」が参加する形を取っていました。加盟校はだいたい10校くらいで、毎回の会議には20名ほどの役員が集まって以前の会議からの活動報告や、生徒会活動に関する意見交換を行っていました。中学生にはスマートフォンやSNSの普及もまだまだだったので、正式な案内はすべて加盟校への郵送で行っていました。会議が近くなると、資料を実際に印刷、郵送する、という仕事を繰り返していたことを覚えています。
スマートフォンとSNSが生徒会団体を変えた
高校1年生で、高校生徒会の役員になると「外務担当」として首都圏高等学校生徒会連盟(高生連)の代表になりました。同じ時期、だんだん高校生へのスマートフォンの普及が進むとともに、SNS(特にFacebook)で学校を超えて高校生同士がつながり始めます。様々な学校外のイベントの情報がより広く、早く回るようになり、高校生たちが集まってイベントを手作りすることが流行しました。この中には、生徒会や文化祭といった学校の事柄にとどまらず、18歳選挙権の実現を見据える中で、高校生主体で、スポンサーを集め、超党派の議員や官僚を招待し政治参加や社会問題について議論するイベントが行われることもありました。私も、生徒会とは別に、こうしたイベントに参加したり、運営に加わったりしました。
また、高校生同士のつながりが増えていく中で、生徒会団体の存在を多くの高校生に知ってもらえるようになります。案内もメール経由となり、様々な人に声をかけやすくなりました。高生連の定例会参加者も、2011年ごろまでの10校20名程度から、私が引退する2013年には20校以上、60名程度まで急増しました。
こうした中、2012年(高校1年生)の9月頃、複数の生徒会団体の合同イベントをやると面白いのでは?と考えつきます。そこで、いくつかの生徒会団体の代表者に声をかけて都内のファミレスで会議をしながらイベント名を考えるときに、思いついたのが「生徒会大会」でした。2012年11月、私が実行委員長となり第一回の生徒会大会を開催します。35校106名が集まって役職やテーマごとに分かれてグループワークを行う形式で、当時としては最大規模の生徒会イベントでした。

さらに、生徒会大会の成功を受け、大会実行委員でもあった当時の桐朋の1代上の総務委員長(会長)が「生徒会大会を全国レベルでやったらもっと面白いのでは」と思いつきます。そして、関西の学校などにも声をかけ、2013年3月、今日まで続く第一回の「全国高校生徒会大会」が開催されることになりました。私は、校内の事情で全国大会の運営には関わらなかったので、今日みなさんが思い描く「生徒会大会」の設立メンバーではありませんが、前身イベントの火付け役として「生徒会大会」が生徒会団体の合同会という限定的な性格を超えて広がっていく様子を大変頼もしく見ていました。
外務活動の継続と発展
高校2年生になると、生徒会では会長(総務委員長)に、外務でも2年連続の高生連代表、生徒会大会実行委員長を始め複数の団体の運営に関わり、ひたすら活動に打ち込むようになります。学校内での活動については次回書きますので、ここでは外務について取り上げます。
先程も書いた通り、スマートフォンの普及により生徒会団体への参加者数は増加していきました。しかし、生徒会団体に参加する人数が増えても得るものがなければ継続につながりません。このことを意識し、2年連続の高生連代表となった高校2年生では一つ一つの基本的なことに注力しました。例えば、定例会の連絡は欠かさず行う、各校の代表と人間関係を作り後輩を積極的に連れてきてもらう、毎回議事録を作成し欠席校も見られるようにする、各校の取り組みを見通してある参加校から悩みがあがれば参考になる取り組みをしている別の学校の取り組みを紹介する、毎回のグループワークのメンバーを調整し、会になれた先輩たちを各グループに配置しながらもファシリテーターを後輩に任せ、会全体で次世代を育てる、といったことを繰り返しました。

こうした取り組みにより、生徒会団体への定着率も高まり多くの学校や生徒が参加するようになりました。また、高生連発で様々な場面でリーダーシップをとる役員が増え、高生連からの参加者を一つの基盤として首都圏と全国の生徒会大会が2012年に続いてそれぞれ開催、文化祭実行委員の交流イベント「集まれ!文実」など関連する団体の設立にも発展しました。(後編に続く)