[私の生徒会履歴書 #018近藤源樹]後編:事務方目線の生徒会改革―アンチ・デモクラシーの内務活動―
生徒会予算の裏工作という不純な動機で役員になったにもかかわらず、公約実現を進めていく過程ですっかり生徒会活動に心を奪われてしまった、中学生の私。
慶應義塾志木高等学校(以下「志木高」)進学後、「志木高が好きすぎて」役員に復帰し、着々と成果を残すも、周囲からの反感を買い、会長選で落選。以降、事務方役員のまとめ役として、校内ポピュリズムを仇にし、合意形成過程における事務方役員による理論・実務的裏付けと適切な情報提供を通じた「健全な民主主義」の構築を決意しました。
中編では、生徒会本部役員として専門にしていた外務活動と慶應義塾史・校史研究による「二次元の比較研究」を通じて、合意形成・生徒会実務への貢献を図った過程を詳細にご説明いたしました。
一方、以下で述べるのは、中編とは対照的――しかし密接不可分な、志木高内でのコアな自治活動です。前編で述べた通り、総務、財務、行事運営等、私自身が関わった分野は多岐にわたるのですが、それらを一から十まで語るとキリがないでしょうから、主として「生徒会を事務方目線でどう変えるか?」という問いと向き合い続けた過程にフォーカスしましょう。
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経歴 近藤 源樹(元慶應義塾志木高等学校生徒会本部事務統括担当ほか)
埼玉県生徒会連盟渉外担当・全国生徒会大会2025副実行委員長を務めたほか、慶應義塾塾長賞(一貫教育校)、日本生徒会大賞2025優秀賞(高校生・個人の部)を受賞。 |
“Weniger, aber besser”
志木高生徒会本部では2023年度に「SHIKIビジョン」(下画像参照)と呼ばれる中期活動目標を採択し、その実現に向けた模索が続けられていました。実務を担う事務方役員にとっては、「Keen」(具体的には生徒会運営・実務の効率化)のほか、「Innovative」(外務活動等を通じた先行事例の情報提供)、「Honest」(実務面からの見える化)が特に課題となり、当然私の生徒会改革もこれらへの取り組みが主眼となります。

生徒会中期運営目標「SHIKIビジョン」
その過程すべてにおいて徹底したキーワードこそ、“Weniger, aber besser”です。とあるドイツ人工業デザイナーの格言で、日本語では「より少なく、でもよりよく」。この言葉は、『エッセンシャル思考;最少の時間で成果を最大にする』(グレッグ・マキューン,2014,かんき出版)というビジネス書で紹介され、同書の日本語版刊行以降、国内においても広く知られるようになりました。
私にとって「師匠」ともいえる志木高の先生(以下、仮名で「S先生」)がいらっしゃり、後に生徒会担当教員になられたエピソードには中編にて触れましたが、“Weniger, aber besser”との出会いもS先生との会話でした。
もともと生徒会組織は意思決定と執行の両面を併せ持ち、その膨大なタスクを短い任期の役員が少数でこなす、必然的に役員の負担が大きくなる構造です。一人一人のパフォーマンス向上をはじめ、運営全体の効率化が自ずと求められます。
タスク管理等の重要性自体は認識していましたが、方法論がうまくかみ合わず暗中模索している中、S先生にご相談したところ、会長公約でもあった「見える化」の一種の方向性として「内部の見える化」をお示しになり、その文脈で“Weniger, aber besser”を紹介していただきました。雷が頭に降ってきた感覚を覚えました。それまで私は既存の混沌とした前提、土台の上に、後付け的な改善策しか手当できなかった。握り寿司に例えるならば、まだシャリの握りが甘いにもかかわらず、その上から厚切りのネタを載せていたようなものです。食べようとつかんだ瞬間崩れるでしょう。イメージとしては同じです。

生徒会担当教員と意見交換した際のメモ
こうして、限られているエネルギーを有効に使うための「切り捨て」や「一元化」という術を覚えた私は、以降事務方役員のまとめ役として、常に「より少なく、でもよりよく」を意識するようになったのです(個々の場面でどのように役立ったかの具体例は後述します)。
生徒会活動の「見える化」―主として行政機構的側面から―
「見える化」と一口にいっても多義的ですが、私が現役役員のときに行った施策は、主として執行、すなわち生徒会の行政機構的側面に着目した、実務上の工夫が多くを占めます。
例を挙げると、生徒会本部役員を一般会員から広く公募し、一般会員が生徒会の中枢へ関わる門戸を広げる、予算案調製過程の基準定立・公開、総会をスライドで視覚化、ついでに本部の活動報告プレゼンを行ったり……といった具合に、目安箱などクラシックな手段が目指す「合意形成過程」の見える化とは一線を画すものです。
その中でも特に力を入れていた①「内部の」見える化、②活動レポートの充実の2つについて、より詳細にご説明しましょう。
この稿をお読みの方は現役生徒会役員ないし経験者が多くを占めるものと推察します。ならば一度は、資料の散在、記録不作成、作成者ごとの認識相違等、先任者の引継ぎの甘さに嘆いたことがあると思料します。そのたびに先任者へ問い合わせる、または一から同じプロセスを再構築するロスが生じます。せっかく年度を重ねているのですから、より思考コストを改善の方向性へ向け、スムーズに生徒会運営をしたいでしょう。
さらに、このような状態は執行プロセスが属人化する、より大きな問題も生じます。私自身、冒頭に触れた「強い事務方」の確立に際しても、官僚制の弊害を排除し、個別役員の能力向上がかえって生徒会活動のブラックボックス化を招くことは、決してあってはならないと考えていました。生徒会本部外、すなわち一般会員に対する情報公開は類型的に関心が高いですが、一方こうした役員対役員の「内部の見える化」は往々にして不十分に感じます。
そこで、まずは生徒会本部が保有する文書・情報を完全電子化し、生徒会本部の共有クラウドへ一元化する大掛かりな作業に取り掛かりました。例えアテがなかったとしても、「その場所さえ見ればなんとかなる」という状態を作れば、誰もが平準化された段取りにしたがって行動でき、一定程度パフォーマンスの質を担保できるからです。
ただ散らかっていた物をまとめる、簡単な作業のように見えますが、それまで複数の管理者、複数の媒体、複数の保管方法にまたがって存在していたデータを全て集約するのですから、骨の折れる作業でした。また同様の状態が再発しないよう、他の役員にも情報の一元化を周知徹底し、生徒会本部内の内規でクラウド保存ルールを明文化する作業も行いました。無形のモノを扱うからこその苦労です。
もっとも、「内部の見える化」はそれだけでは不十分。「後始末」的な消極的作業から一転して、複数の資料にまたがる情報を統一し、さらに1つの媒体に集約する積極的作業が必要になります。例えば、行事を1つ運営するにしても、作業step、タスク、期日、関係者、関係資料等、複数の構成要素が必要となります。
私はこれらをまとめるため、WBS(Work Breakdown Structure)を志木高生徒会本部へ導入しました。関連資料と紐づけた状態で保存して、タスク管理の効率化、次年度以降の手戻りの削減、役員相互でのパフォーマンス平準化を図りました。「内部の見える化」の第一歩であり、その象徴ともいうべき実績であります。
「より少なく、でもよりよく」。情報や資料は多ければ多いほどいい、ではなく、1つにまとめてこそ、高効率かつ開かれた生徒会活動の実現につなげられるのです。

次に、②活動レポートの充実について。
従来、生徒会本部の活動を広報する手段としては、総会での報告のほかは公式SNSの運用がメインでした。もちろんSNSにも速報性やカジュアルさをはじめとするメリットはあるのですが、生徒会本部が進める個別の取り組み、およびその趣旨から結果まで、すべてを詳細に説明するのは困難で、従来の枠にない新たな情報公開の形を模索する必要が生じました。
そこで試行したのが、活動レポートの刊行です。定期刊行の機関誌(志木高には存在しないのですが)ではなく、不定期ながらも、個別施策にフォーカスして、進展ごとに会員へ状況を開示することにより、執行プロセスそのものの可視化を図りました。
中編で触れた外務活動レポートもその一環ですが、むしろ最も情報公開に力を入れていたのは専門外の内務活動です。志木高では、キャッシュレス決済導入、給湯器設置、校内Wi-Fi解放などをはじめとして、校内生活環境改善に向けた施策を進めており、その過程、すなわち
- デジタル目安箱やSNS、総会などでどのような要望が寄せられたのか(端緒)
- 現状調査の結果
- 中間パブリック・コメントの分析結果
- 学校当局との交渉結果(要望書と学校当局からの回答およびその理由)
- 取りまとめ結果と今後の展望、担当者所感
をレポート化して全校にオンライン公開していました。学校との交渉等は役員に任せ、実現しなかったら生徒会の能力不足、という単純な思考に対抗し、一般会員が定量的に裏打ちされた分析をもとに建設的議論へつなげられるよう、情報公開を徹底していたのです。
もっとも、役員のマンパワーが限られる中、このように1つ1つの施策を丁寧に行うため、着手できる案件の数は当然減るのですが、中途半端に数をこなすことより、少数でもクオリティを上げる取り組みをしようという、私なりの価値判断の結果であります。ご批判もありうることは承知しておりますが、ある面での「より少なく、でもよりよく」です。

活動レポートの一例(Wi-Fi電波強度向上に向けた要望)
情報運用の「仕組み化」
生徒会実務における情報の重要性については、この稿に限らず、中編においても度々強調したところでありますが、その運用の「仕組み化」にあたっては、民主主義的プロセスを確保しつつ、いかに効率化と価値の最大化を図るか、大変苦労いたしました。情報は意思決定の要であり、足元が固まっていない状態では策を誤る原因となりえます。外務という情報収集活動を専門としていた私にとって、志木高生徒会内部での情報運用は必然的に与えられた課題でした。
「より少なく、でもよりよく」に従えば、情報運用はある程度お作法が決まります。①目標設定→②一元化→③整理→④分析・再編です。まずその情報を用いて何を実現したいのか、「より少なく、でもよりよく」に沿う形で目標を設定のうえ、資料所在を一元化し、分類。次いで、複数の資料の内部にある、情報そのものを抜き出し、1つの資料にまとめるという流れです。もちろんデジタルツールを最大限活用します。
実はその施策自体は中編および本稿にて時折顔を出しております。WBSの活用や本部保有情報の電子化・クラウド一元化、活動レポート作成などです。
例えば内部的なタスクの引継ぎが目標であれば、関連資料(マニュアル、事務書類、役員の記憶を書き起こしたメモなど)をクラウド上の指定された場所へ一元化、分類のうえ、設定した目標に沿う最適な段取りを組み(この段階で中編にて述べた論理的思考能力のほか、洞察力も求められ、役員のトレーニングになります)、WBSに反映。他の資料も紐づけて次世代に引き継ぐという段取りです。
これらを通じ、生徒会関連情報の価値を引き出し、生徒会実務の円滑化のみならず、「内部の見える化」の促進、一般会員に向けた基礎情報提供の土台づくり(レポート発行のほか、情報公開請求制度の設置も検討していました)、官僚制の弊害(新規性・創造性の抑制、属人化による権力集中)回避を図る。
生徒会関連文書・資料のデジタル化によりハード面を整備しつつ、資料管理に関する規約改正、内規新設、加えて役員全体への「お作法」の定着を目指すのが、高校3年生のころ、事務方のまとめ役としての私の仕事でした。
役員養成―先輩から受けた恩を後輩に返すには―
「より少なく、でもよりよく」の反射的効果として、活動のリソースを多く割いた分野に次世代の事務方役員養成があります。優れた人材なくして「強い事務方」の確立はあり得ません。他のタスクがあっても、それは常に意識し、生徒会活動や実務のノウハウをしっかりバトンタッチできるよう心掛けていました。
特に、実践的あるいは効果的に事務方全体の能力を向上できるよう、他分野の施策とセットで人材育成が可能な活動モデルを追求しました。
例えば、「見える化」と「役員養成」を混ぜると何ができるか。この答えは「生徒会本部役員をクラブ形式で募集する」です。事務方としては長期的スパンで実務経験を積んでもらえるうえ、一般会員が生徒会運営に携わる門戸を議決機関に限定せず執行過程もオープンにできる情報公開上のメリット、役員としての自己実現機会を得られる応募者個人のメリットもあり、三方よしの生徒会運営が可能になります。

本部役員募集ポスター
同様の手法で、①外務活動×役員研修、②校内フィールドワーク(避難経路上の倒木可能性調査)×校史学習×見える化、③内務×企画書執筆(表現スキルの向上)等、志ある役員が実践的に実務を学べ、かつ相乗効果の狙える施策を推進してまいりました。③においては、後輩役員が執筆した草案に、修正点やアドバイス、参考になりそうな文献を書き込む赤入れ作業を私も行っていたのですが、しばしば「赤文字の方が多い」、「鬼」、「イヤッダアア!!」(原文ママ)と悲鳴が上がりました。
しかし、彼ら自身で何が良くなかったのか能動的に考えつつ修正してもらうと、回数を重ねるにつれ、クオリティも上がってゆくものです。事務方役員の長を務める上で、後輩役員の成長ほど喜ばしいものは滅多にありません。
慶應義塾は有名な三田会(同窓会組織)をはじめ、先輩方による母校、後輩たちへの支援が大変手厚いです。いうなれば「先輩から受けた恩を後輩へ返す」ことが、ある種の義塾の流儀です。私自身、役員の先輩方から様々なご指導を頂戴して1人前の役員になれました。感情や風潮に流されず、目の前の現実に誠実に取り組む「強い事務方」の素地養成には一定程度のトレーニングが必要になりますが、その環境を整えてあげることも、私なりの「恩返し」だったのです。

フィールドワークの一例(避難経路上の倒木可能性調査)
悲願、生徒会規約全面改正
生徒会にとっての憲法である生徒会規約。しかし、志木高では長らくの活動形骸化に加え、パンデミック下で取られた特例措置につき、事後的修正が不十分だったため、本来総会のほか2つの機関で承認が必要な予算案が教員の承認のもと総会の議決のみで執行可能になるなど、規定と実態の乖離が大きい状態でした。
さらに規約そのものが、全体設計は1970年代、志木高生徒会が制服自由化を勝ち取った頃のものですので、時代に合わない規定が多数存在しておりました。
基本的には規約解釈をこねくり回して生徒会組織の瓦解を防いでいたのですが、結局その場しのぎにしかならず、いつか限界を迎えることに鑑みると、一刻も早い改正が求められました。活動復活後の志木高生徒会にとって悲願でした。
この改正案作成過程において、私は実務的視点から検討を行い、現状整理や組織仕分け等に関与しました。全体のドラフトも任せられ、他の役員や生徒会関係教員とも折衝のうえ、最終的に全面改正案を作成するに至りました。
改正作業にあたっては、生徒会の民主主義的側面を尊重し、特定の機関に権限が集中しないような全体設計にしつつも、機能面、すなわち①一般会員が直感的に生徒会活動に携われるようにすること(発想はUser Interfaceと同じです)、②実務に沿って組織や規定を可能な限り圧縮し、円滑化と「見える化」につなげること(「より少なく、でもよりよく」)を重視しました。端的に変化を示すならば、一指標にすぎませんが、100強あった規約条数が60強まで圧縮できたのは大きな成果と考えます。
また、情報公開請求制度の新設や、議決機関における参考人としての事務方役員参加など、何の裏付けもないポピュリズム、机上の空論がまかり通らないよう、生徒会実務と討議の架け橋を用意したのは、前編で詳述した私自身の経験も大きく作用しております。

規約改正前後の生徒会組織図比較
(第9回日本生徒会大賞決選大会使用スライドより引用)
もっとも学事日程の都合上、私の役員任期中に最終的な承認へ至らず、作業は後任者に引き継ぐこととなりましたが、1・2年にわたり活動を共にした、信頼のおける優秀な後輩役員たちですので、心配は一切しておりません(何かあってもそれは私の役員養成策や引継ぎがうまくいかなかった結果でしょうから、責任は私にあります)。
さいごに
私は生徒会役員という本来民主主義を擁護すべき立場にありながら、一種のアンチ・デモクラシーでした。事務方役員としてニッチな世界に身を置いていたからこそ、一見「民主主義的」とされる合意形成過程にポピュリズムの影、生徒会の宿命的、構造的瑕疵を認め、実務的視点より抗い続けたからです。
かつてイギリスの元首相、ウィンストン・チャーチルは「民主主義は最悪の政治形態である。ただし、これまでに試みられてきた他のすべての政治形態を除けば」と発言しました。民主主義を逆説的に擁護しつつも、あくまでその優位性は相対的と指摘する、鋭い言葉です。
人が作りだしたモノには必ずといっていいほど欠点が存在します。しかし経験上申し上げるならば、生徒会、あるいは校内民主主義において、専門的知見に裏打ちされた事務方役員による実務面のアップデートと、討議過程での情報提供は、大きくその瑕疵を緩和できます。
「私の生徒会履歴書」では前編、中編、後編にわたり、私が現役役員であった頃の活動詳細を明らかにしました。正直なところ、一方向に傾きすぎた極端な事例ではございますが、現役の生徒会役員の皆様にとって、本稿が少しでもお役に立てれば幸いに存じます。
さいごに、本稿執筆の機会を与えてくださった一般社団法人生徒会活動支援協会の皆様をはじめ、事実関係の照会等に協力してくれた志木高生徒会本部の後輩諸君、その他生徒会活動の過程でお世話になった全ての皆様に心より御礼申し上げます。
【文】近藤源樹 (慶應義塾大学法学部法律学科 2年)