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【大阪市立佃中学校に行ってみた!】生徒会は校則を変えるだけじゃない!切り拓いた新たな活躍の道、「防災」

【大阪市立佃中学校に行ってみた!】生徒会は校則を変えるだけじゃない!切り拓いた新たな活躍の道、「防災」


日本生徒会大賞・中学生学校の部で大賞を受賞した大阪市立佃中学校の生徒会の様子を見せてもらいたいと、早速取材して来ました。

今回は実際に佃中学校を訪問し、生徒たちとラフな対談形式での取材となりました。終始楽しそうに話してくれる生徒たちに私も元気を貰いました^^

役員の数もとても少ない生徒会。少数精鋭のメンバーが集まっていました。

「プレゼンじゃ寝てしまう!」大人の制止を押し切って挑んだ「劇」と、775冊の寄付

佃中学校生徒会が取り組んだ大きな柱の一つが、全国の中学校でも初となる「モノ寄付」の活動です。

モノ寄付とは、家庭で使わなくなった本やCDなどを集めて買取に出し、その収益を子ども食堂や支援団体に寄付する仕組みです。生徒会メンバーは「むすびえ(全国子ども食堂支援センター)」とのミーティングを通して子ども食堂の現状や課題を学び、「自分たちもやってみよう!」と立ち上がりました。

しかし、単に「本を集めます」と呼びかけるだけでは人は動きません。どうすれば全校生徒や地域の人に思いが伝わるかを議論した結果、彼らが選んだのは「劇を作って伝える」という方法でした。当時、周りの大人や先生からは「時間もないし、普通のプレゼンでいいんじゃないか」という声もありました。提出期限まで時間がなく、実現が極めて困難だったからです。

なぜ劇にこだわったのか尋ねると、「プレゼンとかきっちりした資料やったら、やっぱみんなどっかで興味なくしてしまったり、難しい話で流してしまったりするから。劇とかね、おもろいなって印象に残ってもらえたらと思って。集会は朝やしみんな寝ちゃうから、それも防ぐために!」と話してくれました。

「絶対自分たちでやり切るんで!」と宣言した生徒たちは、その日のうちに脚本を書き上げ、小道具を揃え、先生(おじいちゃん役)まで劇に巻き込んで撮影・発表をやり遂げたのです。この圧倒的な熱量と工夫は大きな影響力を生みました。

朝の挨拶運動での呼びかけや昼の放送に加え、区役所主催の「防災エキスポ」にも出展して地域住民へ広く呼びかけた結果、最終的に集まった本は775冊にのぼりました。自分たちの熱意で発信し、地域の大人や区役所までも動かして成果を出したこの「モノ寄付×防災」の取り組みは、学校の枠を超えた社会貢献のモデルケースとなりました。

実際に集めた本を見せてもらいました。前回が270冊以上、今回を合わせた合計が775冊とのことです。すごい数…!

 

カルタ、消防訓練、逃げ地図——地域密着で学ぶ「リアルな防災」

佃中学校が位置する西淀川区は、川に囲まれており、全域の多くが海抜ゼロメートル以下の地域です。「万が一、川の氾濫や津波が起きたら逃げ場がなくなる」という地理的リスクから、地域全体で元々高い防災意識を持っていました。そのため生徒会は以前から防災教育に注力してきた経験があり、生徒会では珍しい「防災」に特化した活動をして来ました。先輩たちから受け継いできたこの地域課題に正面から向き合い、机上の空論ではない「体感型」の防災活動を次々と展開していきました。

「防災カルタ」と「なまずの学校」

区役所のイベント等で実施したワークショップでは、災害時の緊急対応を考えるゲームや防災バッグ作りの講座を実施。防災カルタのイベントでは、目が不自由な参加者に対して生徒たちが「あそこ!そこ!」と声をかけ合いながら一緒にカルタを楽しみました。「災害時に障害のある方が避難してきたらどう対応すべきか」を、生徒自らが身をもって学ぶ貴重な経験となりました。

「目が見えない方がいらっしゃって、ブースの担当2人でどうしたらいいかなって考えて。声をかけ合ってやったら、目が見えへんでもいっぱい取れて楽しんでもらえた。災害時の時も体に不自由がある人とかも来るから、そういう時どうしたらいいかも考えないとなって良い勉強になりました」

ジュニア防災リーダーとしての高度な体験

消防局の高度専門教育訓練センターという特別な施設を訪問。ロープ結索や、一瞬で部屋に充満する煙の恐怖を体験したほか、ジャッキを使って瓦礫を撤去する訓練や放水体験など、リアルな現場で災害の脅威と対処法を体で覚えました。

全校生徒を巻き込むワークショップと他校交流

学年の壁を取り払い、「1年生:地域にいる時」「2年生:ショッピングモール」「3年生:修学旅行先」など、シチュエーション別の避難方法を全校生徒で話し合うグループワークを企画・運営。さらに、能登半島地震の被災地である輪島市立輪島中学校(石川県)とリモートで繋ぎ、同世代の生の体験談を全校生徒に届ける機会を作るなど、防災の意識を学校全体へと広げていきました。

彼らの活動は西淀川区の広報紙、「きらりにしよど」でも表紙になるくらい大きく取り上げられています。取材当日も区役所の担当者様を始め、多くの方が取材に…!

「残業エブリデイ」の熱量と、寛容な大人が生んだ「最高の掛け算」

佃中学校生徒会がここまで大きな成果を上げられた背景には、生徒たちの「規格外の熱量」と、それを支える「恵まれた環境」の掛け算がありました。放課後になると、エアコンもない生徒会室(そのため夏は涼しい教室で活動しているそうです)に集まり、イベント準備や議論に没頭する日々。そんな自分たちの活動を、生徒たちは笑顔でこう振り返ります。

「忙しい月はほぼ毎日。『残業エブリデイ』です(笑)。残業したがりの人が何名かいて、疲れとるから帰りたいなって時でも『いや、まだやる!』って押してくる。ついに先生たちにも『早く帰りな!』って言われました」(自称・ホワイト化計画は失敗だそうです)

部活に行く暇もないほど生徒会活動に全力を注ぐ姿勢は、まさに会社さながらの熱気でした。そして、その情熱を大人が決して押し潰さなかったことも成功の大きな要因です。生徒が無茶とも思える提案(劇の制作や、東京へ行く人数の増員など)をした際も、先生方は拒絶するのではなく寛容に受け入れ、校長先生や区役所の防災課、地域の人々が裏で奔走し、バックアップしてくれました。

「自分たちのやる気」と「地域の温かいサポート」。この2つが奇跡的に噛み合ったからこそ、中学生のアイデアが社会を動かす力へと変わったのです。

「自分たちも(意見を)めっちゃ言うし、先生たちもそれを受け入れてくれる環境があったから行けた。周りの支援してくれる環境がめちゃくちゃ整ってて、いい掛け算が起こってるなと思います」

取材中も終始先生・生徒同士でツッコミ合いながら話してくれました(笑)この距離感の近さが意見の言いやすさに繋がっているようです。

「校則を変えるだけが生徒会じゃない」——『思いでつながる防災』のバトン

生徒会の活動中、周囲からは「生徒会なんだから校則を変えてよ」と言われることもありました。しかし、公立校独特のルールがあり、地域の複数校で校則の足並みを揃える必要があるなど、大人や制度の事情から一朝一夕には変えられない現実にも直面しました。それでも彼らは諦めたり投げ出したりはしませんでした。「自分たちにできる最大限のことは何か」を模索し続け、たどり着いたのがこの「防災」と「モノ寄付」の活動だったのです。

「佃中学校は昔から『思いでつながる防災』っていうのを大事にして、たくさんの人につなげてもらって、先輩たちの代から時間的にもつなげてもらって、たくさんのつながりがあふれた生徒会だったと思います。これからも頑張っていきます!」

「校則を変えることだけが生徒会の仕事じゃない。もっと生徒会が活躍できる場があることを全国に示せた」

指示された仕事をこなす「お手伝い組織」を完全に脱却し、全国の生徒会の可能性を大きく広げた佃中学校生徒会。中学生の段階から生徒主体の生徒会を作り上げるのは本当に凄いことだと思います。
そして佃中が成し遂げた功績の裏には、彼らの可能性を信じ、支えてきた多くの大人の姿がありました。恵まれた環境と、それを最大限に生かす彼らの熱量が、今回の日本一に繋がったのではないかと思います。

先輩から後輩へ、そして学校から地域へと紡がれてきた『思いでつながる防災』のバトンは、これからもたくさんの人々の心を繋ぎながら、未来へと受け継がれていきます。


【文・写真】佐孝祐佳(一般社団法人生徒会活動支援協会 運営委員)